特許情報が非常に安価に発行されるようになり,無料開放も行われつつある。
(1)特許公報のCD-ROM化
特許公報類は,古くから紙で発行されてきた。ところが,H5年発行の公開公報から,D-ROMによる電子公報として特許庁から発行されるようになった。公告公報(登録公報)はH6年からCD-ROM公報化された。CD-ROM公報は,文章はSGML規格によるテキストデータ,図面はイメージデータ(またはファクスモードデータ)という,ミクストモードである。
これにより,紙公報を積み上げれば1年間で約100mを超えるといわれる特許公報は,約90枚/年の公開公報と約50枚の公告公報(登録公報)のCD-ROMになった。
CD-ROM公報は,マイクロフィルムにくらべて鮮明なハードコピーが入手できるだけでなく,コンピュータに蓄積して検索などに利用することができる。それまでは,JAPIO(日本特許情報機構)により,10行程度の抄録が人手により作成され,検索システム・PATOLISが提供されていた。これに対し,CD-ROM公報の出現により,全文を対象に検索し,全文・全図面を表示できる可能性が生まれた。
JAPIOやいくつかの民間会社で全文検索システムが構築され,概ねH8年ころには,利用を開始したところが多い。
ただし,当初は,1枚のCD-ROM公報が2万円ほどであり,コンピュータ蓄積を行なうにはさらにもう一枚分(合計2枚分)を支払う必要があった。さらにCD-ROM公報の購入者でない企業に使わせるには,合計4枚分の費用が必要であった。これは,国が著作権を持っているとの主張によるデータ利用料金とされていた。
(2)CD-ROM公報の低価格化
インターネットとその推進で先行している米国では,特別の加工をしていない一般的な情報はマージナルコストで利用されるべきであるという方針で,安価に提供されていた。
我が国においても,H9年5月にCD-ROM公報の販売価格がマージナルコスト化されることになり,H10年4月からCD-ROM公開公報の価格が1枚あたり約5千円になった。同時に,著作権なども主張されなくなり,コンピュータ蓄積や他社への提供も追加料金なしで可能になった。
この結果,日本でも第3者利用のために1枚8万円支払っていた企業にすれば,わずか1/16で購入できることになった。1年分の全特許がわずか50万円で購入でき,適当なサーバと検索ソフトがあれば,だれでも特許情報のデータベース業を行なえることになったわけである。
ところが,特許庁はH10年2月から,H5年以降の公開公報のフロント頁をインターネットで無料で提供し始めた。また,H10年4月以降は全文明細書も入手可能になった。ただし,検索機能は,書誌事項の他は出願人作成の要約のキーワードだけであり,本格的な調査には利用し難いものといえる。
さらに,H11年3月には,特許庁所有の全データと思える合計4,000万件をインターネットで開放すると,アナウンスされている。
このように,特許庁の情報開放が果敢に実施され,数ヶ月でガラリと事情の変わる状況になっている。まさに特許情報ビッグバンの到来である。
5.特許情報メガコンペティション
特許情報ビッグバンを受けて,システムメーカ,情報サービス業者,サーチャ,ユーザが様々の形で競争する状態が生まれている。
(1)日本特許情報の社外システム
下記のものが,インターネット経由,その他で利用可能である。
・特許庁;インターネットサービス・・・検索機能は弱い。今後データ量は急増しそう。
・JAPIO;分散検索システム・・・全文検索の機能が強い。S61年以降の公告公報の全文検索を予定。
・JAPIO;PATOLIS・・・S46年以降の抄録検索システム。インターネット経由とパソコン通信的な利用が可能。審査経過情報を詳細に収録。
・野村総研;サイバーパテントデスク・・・全文検索機能が強い。外国特許の一部や企業の技術レポートも収録。
・グリーンネット・・・安価。検索機能もまずまず。
・日本発明資料・・・コピーサービスと併用
・ATMS・・・安価。パソコン通信でも利用可能。
これらは,市場はほとんど国内のみであるのに数多く参入し過ぎ,またインターネットでのデータベースは安価,または無料であるべしとの誤った先入観で,値下げ競争になり,利用のための改善があまり行なわれていないように思えることである。近い将来,ナレッジマネジメントを意識した使い勝手の良いデータベースが出てくると思われる。しかしそれはサービス機関にしてみれば新たな競争の幕開けになる。
(2)外国特許情報の検索システム
DIALOG,ORBIT-QUESTEL,STNなどがパソコン通信的な接続に加えてインターネット経由でも利用可能になった。さらに,数年前からインターネットにて新たなサービスが始まっている。価格や機能の競争が,日本よりもダイナミックに行われている。
・Patent Explorer・・・USP(米国特許)と,EP(欧州特許)の,全文明細書の検索とイメージ(図あり)コピーが,実用になる唯一のもの。H10年春からサービスが本格化。その後も大きく改善継続中。安価。
・QPAT・・・USPの全文検索,検索は高機能。やや高価。固定料金。
・MicroPatent・・・USP,EPなどの抄録検索とイメージ(図あり)コピー。操作性良い。安価。
・CNIDR・・・USPの抄録検索。US特許庁の運営。完全無料。
・IMB PatentDB・・・USP抄録検索。イメージ(図あり)コピー;無料,ただし,1頁ずつ処理,画質よくない。
・その他,SPO,STOなど
参考;特許情報の利用案内ホーム頁など
http://www.patentcity.jp/patentcity/
他
(3)社内DBシステムの販売
概ね,日本特許のCD-ROM公報を対象とした検索システムが下記企業から市販され,競争状態にある。
新日本製鐵,日立製作所,富士通,松下電器産業,
東芝,キヤノン,他,数社あり
隔年に開かれる特許情報フェアで,各社の性能競争を見ることができる。
(4)社内システムと社外システムの競争
社内システムを構築すべきか,社外システムを利用するか,競争状態にある。
社内システムを作るメリットとして,以下のような事項があげられる。
・社内事情にマッチした運用体制・・・料金,時間
・付加価値のあるサービス・・・使いやすいSDIや各種サービスの使い勝手の向上
・迅速性・・・検索,表示などの新たな工夫
・その他・・・機密保持の徹底など
情報はニーズに対応することで価値を生むものであり,社内データベースはニーズに近いところにあるので,対応しやすいといえよう。これに対し,社内独特のメリットを創出できないならば社内に作る必要はないといえる。
米国特許は,前に述べたように,世界を舞台にした完全な競争状態にある。したがって,日本特許よりも,かなり使い勝手のよい社外システムが存在し,コストパフォーマンスは限界まで改良されている。よって,社内システムを独自に作ることはいっそう困難なように思える。
(5)サーチャとエンドユーザ
エンドユーザが自らデータベースを使いはじめているところでは,専門サーチャとの間で競争が起きつつある。
従来,専門サーチャはライブラリの近くにいるとか,データベース利用技術を知っている事で,存在意義があった。しかし,ネットワークがエンドユーザまで伸びてい現在,そのメリットは薄れつつある。
専門サーチャは,エンドユーザに比べて高度な検索技術をもっている。しかし,高度な検索技術を使わなくても実用になる場合もある。また,サーチャと言っても1級サーチャだけではない。
エンドユーザは,調査・検索したい内容は分かっているのだし,途中で変更することも,何ら困ることではない。また,自らデータベースを操る事で,最初想定していなかった関連情報を得る事も可能である。この事は,以下のように重要である。
データベース検索の欠点の一つとして“アクティブ調査が出来ない”ことがあげられる。主に手めくりの場合だが,数千件の資料をめくっていると調査開始時には想定しなかったものが網にかかり,調査範囲の設定自体を変更するとか,調査範囲をより明確に把握できるようなことがある。この“資料から働きかけてくる”ようなアクティブ調査を意識することは,調査において重要である。
ところが,上手な検索で100件内外まで絞り込んでしまうと無駄なものが少なくなり,結果として,想定しなかったものは得られない。
一見,うまくないようなエンドユーザの検索も,このようにして,上手な調査になる可能性がある。そして,エンドユーザはその手段(データベース)をすでに使っているのである。
6.社内データベースの実例
社内システムの構築の実例を紹介しつつ,特許情報システムのあり方やナレッジマネジメントの具体化を検討する。
(1)導入目標の検討
ネットワークを通してエンドユーザが利用する特許情報の検索システムを構築する事にした。機能の検討に当たっては,社外システム以上の価値がなければ存在意義はないという前提で,以下のような事項を考えた。
a.数年分の蓄積では,遡及検索にはあまり役立たない。
b.検索は基本機能だが,サービスとしても基本か?
c.上手な検索式の作成は難しい。下手に作ると良い検索結果が得られない。そうすると,*使い難いシステム*になってしまう。
d.頻繁に使わせるにはどうするか?
慣れさせるにはどうするか?
e.投入費用の回収はできるか?
f.紙資料配布によるSDIの改良の必要性あり。
・発行から4ヶ月かかって届く。
・選択不良で漏れやノイズ多い。
・抄録配布の場合,明細書入手に日数がかかる。
(2)機能・性能の問題点
導入しようとしたシステムは一応完成したものとされていた。しかし,ユーザがより便利に使うためには下記のような点で大幅に改善の必要があると思われた。
a.検索が遅い。・・・内容や使い方によるが,ちょっと複雑なものは60秒,ときには数分以上かかった。
b.表示に時間がかかる。・・・次文書抄録の表示に5〜20秒かかった。2,3件見る程度ならこれで十分だが,数十件以上も続けて見る時には,1件あたり1秒以下にする必要がある。
c.プリントに時間がかかり過ぎる。・・・1頁あたり1分〜数分かかった。
d.抄録のプリントができない。・・・紙抄録時代にはコンパクトなものがあった。
e.SDI受け取り操作が煩わしい。・・・ユーザが自ら接続して取りにいく感覚の操作が必要であった。これでは,紙資料が机に回覧されて来る体制に慣れているユーザは使ってくれない。
f.更新のたびに,週末に停止した。・・・土日の利用は,多忙・貴重なユーザである。
ところが,これらのほとんどは,システム開発担当者の考え方では十分の性能であった。これに対し,情報検索が本体業務ではない多くの研究開発者にとっては,時間のかかる面倒なシステムであった。彼らにとっては,情報入手に要する時間は短いほどよいものであり,操作は簡単なものほどよい。彼らは,アイデアを創生・ブラッシアップするときの知識の一部として外部の情報を使うのであり,そのための手段がわずらわしいものでは,使いものにならないのである。
また,情報検索を日常の仕事にするサーチャにとっても,数多い仕事をこなすためにはできるだけ迅速な動きが必要であり,以上のような機能では不十分であった。
全文検索という高度の機能は入手したい,しかし,内容の閲読を中心に紙と同等の機能・性能が必要ということであった。
この初期の性能であれば新たなシステムを社内に作る必要はないと思われし,一方,システム開発担当や費用捻出担当の理解も得られず導入は頓挫しかけた。
そこで夫々の事項についてなぜエンドユーザにおいて重要事項であるのか検討を重ねた。粘り強い検討を通して,関係者が問題の大きさを認識するにいたり,結局,大幅に改良することになった。
(3)主目標をSDIに設定
社内システムを開発する以上は,それなりの効果を上げねばならない。このため,上記(1)の事情から考えて遡及検索でなく,SDIを主目標にすることにした。(2)の機能・性能は大きな改善を行なうことになった。この結果,ネットワークによる現在のSDIの機能・性能は以下のとおりである。
@迅速;発行後,約1週間で見られる。
A厳選;必要なものに絞って,また対象技術を希望のように細分して受取れる。
B広範;関連特許も,希望すれば別途受取れる。
C熟練;検索式は熟練したサーチャが作成する。
・SDI用の検索式は継続的につかうものであるため,専門のサーチャが数時間かけて作成する。サービス申込みや変更において,エンドユーザは何をほしいか連絡するだけで良い。
・ノイズや漏れの少ない情報が得られるので,ユーザでは期待して見ることにつながる。
D簡単;電子メールで送付され,添付資料をクリック3回するだけで図面付き抄録を見られる。
・ほとんど「押せば出る」環境になったといえる。
・メールで送られる情報は番号などの軽いものであり,メールシステムに悪影響は少ない。
・メールで強制的に配信されるので,多忙であっても見ることにつながる。
E任意;見たい時に見られる。
・メールで個人宛てに配信され,廻覧の必要がないので,ユーザの事情でいつでも見れる。
・8時〜23時。休日も稼働。夜間メンテナンス体制。
F高速;次文書表示は0.7秒/件。図なしの文章だけなら0.3秒/件。(バッチ転送利用)
G詳細;抄録だけでなく,明細書も簡単・即座に入手可能。
H豊富;プリント形式は,数十種類のフォーマットあり。(支援ソフトを利用したとき)
これらを通して言えることは,効果的なシステムはエンドユーザの立場での問題認識が必要不可欠と言う事である。目標が決まれば,現在の技術はそれらのほとんどを解決する事が出来るのである。なぜなら,全データがそこにあるからである。問題は,目標の設定である。
この意味において,「情報検索システムはユーザが作る」といえる。
(4)遡及検索
現時点では,5年半以上の蓄積が行われ,遡及検索もかなり役立つようになってきている。
システムの特徴の大部分は,(3)SDIで説明したとおりであるが,以下に,検索の基本的な特徴を示す。
@全社数万台の机上のパソコンで検索できる。
A通常の検索は,200万件の特許明細書を対象に約10秒で行なえる。
B明細書全文の検索により,漏れの少ない検索が可能。
C近傍検索などにより,ノイズの少ない検索が可能。
遡及検索においては,エンドユーザが検索式を自由に・上手に作成できるように,次の施策を行なっている。
a.専門サーチャによるSDI検索式の作成時に意見交換する事で,個別指導を受ける効果が期待できる。
b.SDI用の検索式を見ることでエンドユーザも検索式の勉強が出来る。
c.利用ガイドや,イントラネットにより,検索式の実例を見れる。
d.約7万項目ある国際特許分類(IPC)を,イントラネットで見れる。
e.数名のSDI検索式作成担当の専門サーチャが,ヘルプディスクを兼ねている。
図3は,上記(3),(4)で紹介した筆者の関係している社内システム・SGPATの画面の実例を示す。SDI受取りは,電子メール画面から3クリックのみで行え,検索や表示が流れにそって軽快に行える。
以上,エンドユーザが極力簡単に利用できるシステムに向かって,かなりのことを計画し,実施してきた。ところが実は,これらの改善の多くは,「ナレッジマネジメント」という言葉を知らない時点で計画したものであった。しかし,結果として,特許情報ナレッジマネジメントの黎明期とでも言うべき活動の時期であったかと思われれる。
さらに,現時点において考えてみると大きな発展が必要とされているように思われる。