情報の科学と技術,2006年3月,Vo.56,No.3, 引用特許分析の有効性とその活用例  2005.12,六車正道 (innyo文図まとめ0509)

要約 特許審査における被引用(Forward Citation)の回数は,重要特許ほど多いという実験データを示した。次に,米国特許において最も被引用回数の多いものを示し,その特徴をのべた。また,特許1件当たりの被引用回数(インパクト指数)により,企業ごとの特許の質を示し,さらに重要特許がどのような企業にいつ頃,引用されているか分析できるFCA(Forward Citation Applicant)マップを示した。また,半導体と磁気ヘッドに関して被引用データによって企業比較を行い,M&Aなどの参考資料にも役立つことを示した。

1.はじめに
 特許庁で新規な発明であるかどうか審査されるとき,比較のために技術的に類似の過去の特許や一般文献が,引用される。この審査引用は,ある特許を審査する時の引用(狭い意味での引用,Backward Citation)と,ある特許がその後の特許の審査で引用される(被引用,Forward Citation)の2つに分けられる。Forward Citation(被引用)により類似の特許が自分の後に出願された状況を知ることができる。
被引用回数が多いということは,多くの特許に影響を及ぼしている特許であり,重要な特許であるといわれている。もしそうであれば,客観的評価のし難い特許の価値や企業の技術力などを知ることができる。
本稿では,重要な特許ほど被引用回数の多いことを実証し,次に,被引用回数の分析により企業の技術力や個々の特許の評価,またM&Aに役立つ情報の作成を試みた。

2.特許引例分析の実用化への挑戦
米国特許を対象とする引例分析をCHI社が古くから手がけており,1981年に,重要技術製品の元になっている特許はランダム抽出特許よりも2倍の被引用回数があるという報告1)をおこなった。また,1988年には同社のデータを元に,日本企業は特許件数は多いがImpact Index(1件当たりの被引用回数)はIBM社が高い,しかし,近年は日本企業のImpact Indexが上昇してきているとの報告2)がされた。1992年には,同様にCurrent impact index, Technological strength, Technology cycle timeという指標による分析が報告3)された。
1990年台になると日本での分析事例も多くなり,特許引用分析を使って技術開発動向を分析する報告4)も出ている。1997年にはCHI社の論文5偏を翻訳した書籍も発行5)され,企業での実用もある程度可能になってきた。
しかしながら,まだまだ企業経営に直結するものには至っていない状況であった。
これに対し,企業経営に直結することを目指した引用特許分析システムが2000年前後から市販されている。トムソンサイエンティフィックのAurekaやウィズドメイン社のFocustなどはその代表例である。ただし,これらは簡単に特許引用データを利用できる点は評価されるが,企業経営の場に実際に利用するものとしては手法は限定的であり,まだ課題があるようにみられている。それらを克服するため,2004年7月には日本EPI協議会主催によるシンポジューム6)が開かれたが,一挙解決には至っていない。
このような状況を背景に,企業経営に直結した特許引例分析について検討し,また実例を紹介する。

3.重要特許は被引用が多いか?
個々の特許の客観的な評価は大変難しいものであり,被引用回数で行えるならば大いに期待されるものである。
図3−1はこの検証のために4つのケースを示したものである。いずれも重要特許と言われる特許群の方が,被引用特許が多いという結果を示している。A図は,米国特許庁が1970年代に発表した過去の最重要発明5件とそれに次ぐ重要発明25件,およびランダムに抽出した84件において, 特許登録から調査時点までのインパクト指数である。
  
※インパクト指数・・・ある集合の特許がその後の数年間で引用された場合の特許1件あたりの被引用回数とする。(計量文献学では,雑誌の単年における重要性を計るものとして定義されている。)
 これらの事例から,ある観点で重要特許と言われる特許群は,そうでない特許群よりも被引用回数が多い,つまりインパクト指数が高いつまりといえる。ただし,重要特許群の中にも被引用回数の少ないものが一部にある。それらは,評価の観点や立場,評価の時期などの要因と特許審査の特徴などが混在したものになっていると思われる。

4.被引用特許分析は何に使えるか?
重要特許は被引用回数が多いことは,どのような知財関連業務の場面に役立つものか考察した。以下のように,マクロな分析から個々の特許の評価にも役立つと推察される。
(1)企業ごとの特許の価値判断
 インパクト指数により特許群としての価値はかなり明確に分かるので,企業の持っている全特許の価値の判断としては,かなり明確な手段として使えそうである。
(2)企業内の特定分野の価値判断
 企業内の特定分野に限定した場合もかなり明確に価値が分かりそうである。さらに,技術分野が限定されているので,判断結果が具体的な行動に結びつけられ易くなることが期待できる。例えば,技術分野を限定した知財契約とかM&A(企業買収)において,参考情報として役立つことが期待できる。
(3)個々の重要特許の判断
 個々の特許の評価としても,ある程度の信頼度で利用可能と思われる。特許の売買や,特許権の維持・放棄の判断指標として役立つと思われる。なお,判断ミスの危険を減らすために,時間的な要素を加えるとか,自社・他社での製品化の状況など,多角的な要素を考慮することが好ましいと思われる。
(4)特定分野の重要特許の特定
 特定企業に限定せず,技術分野ごとの特許の中で,重要特許の判断に役立つことが期待できる。企業を限定しないで,業界の重要特許を早期にピックアップすることに使えそうである。
(5)研究開発の反省,方針策定に貢献
 自社特許が同じ技術分野の他社特許よりもインパクト指数が小さいとか,以前の特許に比べて最近は低下しているような場合,研究体制の反省材料になる。また,インパクト指数の高い技術分野は,研究開発が激化している分野であり,そのような分野は将来の発展が期待できる分野と考えられ,参入の可能性を検討する資料になる。
(6)特許調査に貢献
 審査引例を利用するとその前後の関係特許を短時間で集めることができる。技術的なテーマによる特許調査の代替として,役立てられる。
(7)特許契約の交渉に貢献
 引用,被引用による類似特許のピックアップにより,自他社の関係が明確になり,特許契約交渉を有利に進めることに貢献できる可能性がある。例えば,売込みしたい自社特許がある場合,それを引用している特許を出願している企業は,自社特許を侵害した製品を出荷している可能性があり,そうであれば特許売込みに役立てられる。また,問題となっている他社特許がある場合,それが自社特許を引用している場合には,関連技術において自社特許が先行している部分を見つけられる可能性がある。また,同様のやり方で相手企業の製品が第三者の特許を侵害していることを見つけ,それを交渉において自社に有利に使える可能性などがある。

5.被引用分析の実例
高価な市販ソフトを使わずに,原始的な引用集計ソフトを使っておこなった実例を紹介する。データベースは主にPatentWeb,被引用回数の集計は市販ソフトSGshot7)を使った。対象特許はUSPであり,被引用はUSPに加えてEPおよびWO/PCT特許の審査引用も利用した。

5.1 被引用回数の多い特許
 まず,被引用回数の多い特許はどのようなものか調べた。表5−1は1996年登録のUSPの中で最も被引用回数の多い数件を示している。このような表をFCMax表(Forward Citation Max表)と呼ぶことにする。
 
この中で最も被引用回数の多いUS5572643(以下643特許)は個人出願であり,767回引用されている。技術内容は,Webブラウザへの表示の高速化に関するものである。表5−2はこの被引用特許を出願人ごと発行年ごとにまとめた表でこれをFCAマップ(Forward Citation Applicantマップ)と呼ぶことにする。FCAマップにより,IBM,Sun Microsystems,Microsoftなどの著名企業の多くの特許に引用されていることが分かる。これらの被引用特許の多い企業に特許売込みを検討することは価値のあることと推察される。



同様に,1995年登録のFCMax表を作ってみると最も被引用回数の多いのはUS5445934(以下934特許という)で391回引用されている。技術内容は,半導体基盤上でのDNAの分析や医薬品類の取り扱いに関するものである。
図5−1は,この2件の年別の被引用回数を示すグラフである。643特許(Web関係技術)は登録4年後に被引用回数がピークになり,その後減少している。多くの特許は類似の傾向であるが,643特許はその傾向が顕著である。IT分野では次々と新技術が開発され,他に取って代わられてしまう現状を反映しているものと思われる。これに対し,934特許(オンチップ関係技術)は,年を追うごとに被引用回数が増えている。つまり,重要性が年々高まっている寿命の長い特許であり,特許ビジネスとしても有望なものと推察される。



この図から分かるように,登録後,早い時期に数多く引用される特許と,しばらく年月が経過してから引用が多くなる特許がある。したがって,登録後,日が浅いのに被引用回数が多いから重要特許と判断するのは早計であり,他の事柄も勘案する必要がある。

5.2 企業別の被引用回数
 表5−3は,USPにおいて登録件数の上位数社のインパクト指数比較表(IF比較表)である。IBMのインパクト指数は継続して他社に比べて群を抜く値であり,件数が多いだけでなく質的にも優れた特許が多いことを示している。日本企業の中では,日立製作所や富士通,東芝が比較的高い数値である。


表5−4は,IBMの1995年登録のFCMax表であり,被引用回数の多い方から数件を表示している。1995年登録IBM特許で最も被引用回数の多い5386567(以下567特許)は,パソコンの稼動状態のままで抜き差しのできるインターフェースの制御に関するもので,便利なUSBメモリなどに利用されている技術である。表5−5はこの567特許のFCAマップである。半導体メーカのMicron社とインターネット関連機器メーカのCisco社は共に1998年頃から特許が急増している企業であるが,567特許の登録の3,4年後から急激に被引用が増えている。また,Cisco社の場合は,2005年になっても引用が減少していない。IBMはCisco社に対し,この特許の権利行使を検討する価値がありそうに思える。




このようにIF比較表,FCMax表,FCAマップなどを使うことで,企業の持っている特許全体や個々の特許の価値を知ることができる。

5.3 企業・技術別の被引用回数
(1)半導体
 半導体産業は数年前,一部企業で事業がふるわず再編が行われた。そこで特許引例の分析により技術的な力関係がどの程度分かるものか分析を試みた。
 図5−2は,半導体関係の1985年登録USPのIBM(関連特許73件)と国内A社(40件)の,年ごとの被引用回数の総数である。



登録から8年経過した1993年頃,また15年経過した2000年頃においてもIBMはピーク時の約70%の被引用回数があるが,A社は約30%に減少している。IBM特許は年を経ても被引用が減少しないことが分かる。これは,IBMの半導体特許は先行性が高いために,年が経過した後になっても引用され続けるものと推察される。その後の同形式の表によると,1990年頃はA社特許もやや先行性が高くなったように見られたが,1995年登録ではまた減少が早くなっている。
図5−3は,1980年〜2000年までの5年ごとの各年に登録された半導体関連特許の各社のインパクト指数(1件当たりの被引用回数)である。この内の1980年から1995年のデータにおいて,IBM,日立,三菱電機などは1990年をピークに減少傾向にあるのに対し,MicronやSamsungは大きく伸びている。特にSamsungのインパクト指数は,1990年頃は小さかったが,1995年になると大きく伸びて,重要性が高まっていることが分かる。


このように,技術開発の厳しい競争に生き残るには,先行性が高く長寿命の特許を生むような研究開発テーマのウェイトを高める必要があるという反省を得ることができる。
(2)磁気ディスク
 IBMと国内A社は2003年に磁気ディスク製造の合弁会社を設立した。他社でなくIBMにまとを絞ったのは技術的な観点で必要性があったものと推察される。そこで,特許引例の分析で,M&Aに役立つ情報を得ることができるのか分析を試みた。
図5−4は,磁気ディスク記憶装置の重要部分である磁気ヘッド関連特許の被引用特許連関図である。関係する特許は,IBM;188件,A社;151件の順であり,IBMとA社は件数的にトップ2社であったことが分かる。



次に,自社特許による引用を除いた他社インパクト指数(他社IF)は,IBM,A社,Seagate社の順である。つまり,特許の質の観点から見てもIBMとA社はトップ2社であったことが分かる。
次に相互関係を見てみる。まず,A社の特許は,現在までのIBM特許に91件に影響を与え(引用され)ている。逆に,IBM特許はA社特許の84件に影響を与えている。
ここで,次に定義する相互影響度を設定した。相互影響度=(影響を与えた回数)/(影響を受けた回数)
相互影響度は,比較する2社間の技術的な優位度を示すものと考えることができ,1より大である方が2社間において優位であるといえる。A社とIBM間では,相互影響度は1.1:0.92であり大差ないといえるが,それ以外の企業間はいずれも差が大きい。
A社とB社の相互影響度は6.4:0.16,IBMとB社は2.8:0.12であり,B社は他社から大きく影響を受けており,ビジネスへの影響が気がかりである。(なお,B社は2002年に小型磁気ディスクの一部から徹底した。)
A社とSeagate社の相互影響度は14.8:0.07と極めて開きが大きく,Seagate社はここに取り上げた企業間ではすべての企業から強く影響を受けている。この図では,黒い矢印は技術の影響の向きを示しており,これからも分かる。1995,6年の時点ではこのような状況であったわけであり,その後改善されなければ同社のビジネスに影響が出てくるかも知れない。

このように,被引用特許データの分析により,企業全体とか特定技術全体のようなマクロな分析と個々の特許の重要性についての判断が可能であり,さらにはM&Aに役立つような情報も分析可能であることが分かる。

6.おわりに
特許審査の被引用回数は,重要特許において多く,これを分析することで企業活動の動向を分析することができた。また,そのため新たにいくつかのマップや分析の観点を提供した。
 引用特許分析に限らず,特許情報の分析の手法やツールは,簡単に目立つ形で結果を提示できるものと,手間や時間がかかりそれほど人目を引く形ではないが直接的に実務に役立つものとある。これらはそれぞれ役割が異なるものであり,混同しないで使い分けることが重要と思われる。
(注)下記URLには本稿中の主な表の詳細電子データを公開しているので参照されたい。
http://www.patentcity.jp/patentcity/inyo0512.htm


参考文献;
1)Mark P. Carpenter, Francis Narin and Patricia Woolf, CHI Recearch, Computer Horizons, Inc., "Citation Rates to Technologically Important Pastents", World Patent Information, Vol.3, No.4, pp.160-163,1981
2)Gary Stix, "Look out, U.S.!! The Japanese are gaining in Patent creativity", The Institute IEEE, Vol.12 No.6, June 1988
3)Robert Buderi, et al., "Global Innovation: Who's in the lead?", Business Week, August 1992, pp.68-73
4)富澤宏之, 「特許解析で見る技術開発動向 ―引用分析を中心として―」,CICSJ Bulletin, Vol.16, No.6 1998, pp17-20.
5) ゼファー株式会社,松山裕二翻訳.特許のはかり方 −基礎科学と特許の結びつき−(翻訳書籍).ISBN4-921019-00-2、1997
 科学と技術革新のリンク、特許生産性、公共科学とアメリカ技術の強まるリンク、特許引用分析など英文論文 5編の翻訳。アメリカ特許データを使用した引用分析、共同発明のカウント方法、など数多くの手法を紹介。また、CHIリサーチ社の6つの特許指標を使用してまとめた各社アメリカ特許データの例(テックライン)をも紹介している。
6)引用特許分析シンポジューム予稿集,日本EPI協議会,2004.7月2日
7) http://www.patentcity.jp/sgshot/

  【主な著作・講演】  【PatentCity】