概念検索の活用法 【主な著作、講演】
---概念検索システムの特徴と知財実務への応用---
六車技術士事務所、六車正道、2006年11月1日、JAPIO 2006 YUEAR BOOK
1. 検索システムの発展
わが国の特許情報の電子的な利用は、1978年(昭和53年)頃、
数行程度の短い抄録を対象に、キーワードを数字コードに置
き換えて検索式を作る難しいやり方でスタートした。その後、
改良が進められ、現在、検索式を必要としない概念検索が実
用になりつつある。
概念検索とは,質問として技術的説明文を与えることで、
コンピュータが文中のワードとそれらの出現回数によりデー
タベース中の各特許との類似度を算出し、検索回答として類
似度の高い順にリストアップするものをいう。つまり、質問
内容をコンピュータが理解できる検索式に作り直すのではな
く、考えている内容の文章そのもので質問できる。概念検索
の再現率(※)は、2割程度から8割前後のものまでいくつか
のシステムがある。
※再現率とは、世の中に存在する正しい答えのうち、取り出し得た件数の割合。
本稿では、概念検索の特徴を検討し、知財関連業務への利
用法について紹介する。(昨年発行のJAPIO・20周年誌で、概
念検索の機能、性能の比較検討、上手な質問文の作成法につ
いて紹介した。)
2.概念検索の特徴
概念検索の仕組み上の最大の特徴は、言葉の重み付けを考
慮する点である。以下、利用上の特徴を紹介する。
(1)自然文で質問できる
質問は、技術的な説明文章で行える。図1はその画面の一
例である。また、同義語とかシソーラスなどを考慮する必要
が少なく検索できる。これはいくつかのワードの集まりで質
問の概念を表現するために、あるワードが不適切の場合でも、
他のワードによって補完が期待できるためである。
(2)操作が簡単に行える
質問文を書き込んで「検索実行」のボタンをクリックする
だけの簡単な操作であり、初心者でも短時間である程度の再
現率を期待できる。質問文は知りたい事柄の説明文がそのま
ま使える。なお、「簡単にしか使えない」のではなく、質問
文を変えたり、検索式の併用など時間をかけて再現率の高い
調査にも使うことができる。
(3)ヒットの可能性の高い順にリストアップされる
概念検索の結果は、内容的にヒット(当たり)の可能性の
高い順に表示される。したがって、利用者による検索後のチ
ェックが短時間、集中的に行える。なお、当然のことである
が、短時間で内容のチェックを終えるには、その判断ができ
る程度の技術知識は必要である。
(4)詳細技術に絞り込む検索に適している
概念検索は、関連特許を類似度の高い順に並べるものであり、
詳細技術に絞り込む検索に適している。これに対し、検索に
使うキーワードやその論理関係を明確に規定しないので境界
の不明瞭なアバウトな検索に適しているとの見方もあるが、
これは間違いと考える。
また、概念検索は数少ないワードによる検索には適していな
い。例えば「モータ」と言うワードでモータ関係の全体を集
めるような検索には、概念検索は適していない。モータのさ
らに詳細な部分や機能、目的などのワードを10語前後指定す
ることで、必要とする「概念」を指定して優先順を付けて取
り出すことができる。逆に、最近のモータに関する特許の全
体をピックアップする調査には検索式の利用が適している。
(5)依頼者に検索条件を説明し難い
概念検索では、質問文中のワードにコンピュータが自動的
に重み付けを行う、これと関連して、同義語を不用意に入力
するとそれらの概念に偏った結果になる。また、検索結果の
抄録を見る件数は利用者が任意に決めるので、あるときは上
位100件を見るが別の場合は20件までしか見ないこともある。
さらに、同じ質問文であってもシステムによって結果には大
きな違いがある。
したがって、検索条件を依頼者に納得させにくい面がある。
このため、自分で検索する場合とか、手段を選ばず結果を出
せばよい場合には使いやすい。また、概念検索で見つけた特
許が出るように検索式を作成するなどの工夫も必要になる。
3.特長を生かした利用
(1)研究テーマを探す場合の利用
新しい課題を与えられたが糸口が分からないような場合、
課題の文章を質問として概念検索を行う。これにより、先行
技術を知ることができ、研究の糸口を見つけることが期待で
きる。さらに、自分の試案ができたらその文で質問すること
で絞り込んだ検索ができ、詳細な関連情報を得ることができ
る。
(2)研究を深めていくときの相談相手としての利用
研究進行の過程で、発生する疑問や一応の解決案を質問文
として、相談相手として概念検索を利用する。このような利
用法をまとめて「アイデア発想支援」として、4章で詳しく
説明する。
(3)特許出願前の調査
特許出願前の調査は、研究開始前などに比べて課題が明確
に絞られているので概念検索に適している。発明者による
@特許出願の内容をまとめる段階、知財部門でのA明細書で
先行技術との差を説明する段階、B特許請求範囲を決める段
階などで利用可能である。ただし、Bで審査請求も行う場合
は、再現率を高めるため検索式の併用も行うべきと思われる。
(4)製品出荷前などの侵害予防調査
侵害予防調査においては、対象の製品をいくつかの観点に分
け、それぞれにおいて数多くの特許をピックアップしてそれ
らの全件を目視チェックするようなやり方で、関連特許を探
す調査を行う。このような調査では、いくつかに分けたその
観点ごとに、予備検索的に概念検索をおこなうことは有益で
ある。しかし、それぞれの観点ごとの全件の特許をピックア
ップするには、概念検索は適していない。
(5)無効資料調査
邪魔になる他社特許を潰したり効力を弱めるための無効資
料調査の特徴は、技術的なポイントが狭い範囲に絞れられて
おり、さらに、既に何度か特許調査をされていることが多い
ことであるが、両者の意味で概念検索は適している。また、
検索式によるキーワード検索では、明細書を対象としたので
は件数を減らせない場合に対象を抄録に変更することがある。
しかしこれでは、特許の中心課題でない事項が漏れる懸念が
ある。これに対し、明細書を対象にする概念検索ではこのよ
うな恐れは少ない。
なお、再現率の高い調査が必要になるので、検索式の利用も
組み合わせるべきと考える。
(6)概念検索を考慮した特許調査フロー
図2は、概念検索を考慮した特許調査フローである。従来
はAの検索式による検索や手めくり調査だけであったが、
@調査依頼書などに書かれている文章でまず簡単な概念検索
を行うことは手がかりを増やす手段として有益であり、今後
は常套手段になるものと考える。B調査の最後の時点で、理
解した技術内容による質問文で概念検索を行う。確認調査と
もいうべきこの検索で、それまでの調査の信頼性の再確認が
できるし、万が一新たな特許を見つけることができれば再現
率向上に役立つといえる。
4.概念検索を利用したアイデア発想支援
特許情報は人類の知的財産の集大成されたデータベースであ
り、概念検索を使うことで自分のもっている課題やアイデア
と類似の特許を簡単に探すことができる。これにより、自分
の知らなかった先行技術の詳細を学び、自分のアイデアの不
足部分を発見したり,アイデアの創生を期待することができ
る。
4.1 なぜ概念検索が適しているのか
複雑な手法を伴うアイデア発想法は実際の発想にはあまり
役立たないという主張がある
(出典;「超」発想法,野口悠紀雄)。
手法の細部にとらわれることにより,頭脳をフル活用できな
いというものである。確かに,○○法を長年使って
いるとか,それで大きな発明をしたということは,(その手
法の説明会以外では)あまり聞かない。
これに対し、特許情報を概念検索で利用する場合は,考え
ている内容をそのまま質問文にすることができ,検索式作成
など手法の細部にとらわれることがないので,課題やアイデ
アの思考が連続できる。つまり「脳力フル活用」できる。さ
らに、検索を行うための特別の準備は不要であり、研究者の
日常の行動パターンを変えなくて良いので、気軽に利用でき
る。
また、利用法が簡単であるので、データベースを相手に対
話的に相談するように利用できる。社内の狭い範囲ではなく
世界中の研究者を相手にできるのも大きなメリットである。
なお、アイデア創生を期待する場合は、強烈な目的意識が必
須であり、それなしで漫然と概念検索を利用してもアイデア
が湧き出てくるものではない。
4.2 概念検索を利用したアイデア発想支援の実際のやり方
図3は,概念検索を利用したアイデア発想のやり方を説明
するものであり、課題や一応の解決案を質問文として概念検
索を行い,類似特許を見つけてそれから学ぶことを説明して
いる。最初から良い質問文は出来ないことが多いので質問文
を(部分的に)変えて数回やり直す。また,再検索するとき,
同じ分野を探す以外に,意図的に異なる分野を探すことも有
益である。その際の質問文は,@製品分野,A目的,B解決
手段の一部を除いたり変更した短文を利用する。目的だけの
ような短かすぎる質問文は、通常の概念検索ではよくない例
であるが,アイデア発想支援用としては有益な場合がある。
概念検索をアイデア発想支援ツールとして利用する場合に
重要なことは、個々の利用で料金を徴収しないことである。
特許1件の表示ごとに数十円であっても料金を徴収すると、
技術的検討に没頭しにくくなる。そのため、データベースの
形態としては固定料金や社内データベースが適している。最
近は、社外サーバでありながら社内サーバのように利用でき
るASPサービスも出てきており、アイデア発想支援に好適
な環境ができつつある。
4.3 概念検索によるアイデア発想の実例
「受信者に迷惑となる電子メールを面倒な手続きや設定が
少なくても確実に消去」について、概念検索を利用して新し
いアイデアの発想を試みた事例を紹介する。
(1)課題の文章で概念検索した。回答の上位にある関連特
許を見ていたとき「迷惑電子メールと判断できるのはなぜか?」
とひらめいた。
(2)閃きの疑問文をそのまま質問文として再度、概念検索
をおこなった。レベル分けする特許があり、それを見ながら
「迷惑度」を点数化することを考えた。
(3)迷惑度や健全性などのワードを加えて3度目の概念検
索をおこなった。
(4)パソコン側で迷惑度を計算して利用することを新アイ
デアとしてまとめた。
このように,特許情報データベースを概念検索で利用するこ
とにより、社外の多くの研究仲間に相談するような形でアイ
デア発想に利用することができる。
5.終わりに
現在の概念検索は知的な検索システムとして小さな一歩を
踏み出した程度であり、将来もっと発展するものと考える。
しかし、現時点でも知財関連業務の多くの場面で活用できる。
また、特許情報によるアイデア発想支援は特許制度の存在理
由の1つであるが、概念検索の実用化に伴っていよいよその
時期になってきたものと考える。