お礼にスマホのスピーカー

2016.5/23(月)、晴 今年は特にお世話になっている女房殿にBluetooth接続のスマホのスピーカーをプレゼント。すでに居ない母の日の気持ちか。
 必要なら自分で買えば良い程度の安いものですが、プレゼントはそれなりの価値があります。
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 音はBose製が良いのでしょうが我々にはそこまでの違いは分からないし、防水とうたってあるのでソニーにしました。キッチンでも使いますので。風呂にも持ち込めるそうですが、風呂は静かに入った方がよさそう。
 このタイプのスピーカーは私も持っていますが、本当に便利です。スマホのカシャカシャ音からどうしてこんな素晴らしい音が出るのか、理屈は分かっても不思議。知らない人には音を聞かせてやりたいですが、音の再生はスピーカーがないと残念ながら無理。

 これでNHKラジオ放送は放送時点の原音に戻り、Youtubeがジュークボックスに変わり、綾小路きみまろ劇場が眼前にやってきます。
(音に関して)女房殿は理屈が分からぬから、不思議だろうなぁ2016-05-23 12.17.22-2

 さっそく、卵と牛乳と砂糖だけの栄養たっぷりの手作りプリンが出てきました。これはスピーカーからは出てきません。(~_~;
女房殿のお返しです。旨そう。(^_^)

縦書き文書の左めくり

2016.5/23(月)、晴れ 久しぶりに腹の調子もよくなりました。

今、100頁あまりの縦書き文書を製本するお手伝いをしています。ところが、面白いことがわかりました。

 普通に多く利用する片面印刷だと問題ないのですが、100頁を越す場合は両面印刷になります。このとき、横書き文書だと紙の右側をめくる、右開きです。

 これに対して、文庫本などで使われる縦書きだと、紙の左をめくります。ところがMSワードでは、縦書きにしても右開きのままで、左開きにならないのです。

(縦書き左開き)
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 探していたら、縦書きの左開き(左めくり)の方法が分かりました。調べているうちに、面白いことがわかりました。

英語語は横書きで右開きの文化で、日本語も横書きだと右開きです。そのため、日本語を縦書きにしても右開きのままになっているようです。

ところが、アラビア語は右から左へ書きますので、左開きしかないようです。このため、言語設定に(ちょっと面倒ですが)アラビアを選択し、その上で言語を日本語にすれば、左開きが実現します。

 ※下記に詳しく出ています。
 http://pcclick.seesaa.net/s/article/247200662.html

 私はWindows10ですが、ワードが2007なので、下記でやれました。(上記から転載しました。)
2) Word2007の場合
a. スタート>すべてのプログラム>Microsoft Office>Microsoft Officeツール>Microsoft Office2007言語設定 と開きます
b. 使用できる言語(通常は、英語と日本語が登録されています)に、アラビア語(制限つきサポート)を追加します
c. Wordを起動し、Officeボタン>Wordのオプション>詳細設定 と開いて、”校正内容の表示” を表示させます
d. ”文書の表示” のところを、 ”右から左” に変更しOKで閉じます

ところが、そうすると、他の横書きの文書もすべて左開きになるのでそのままでは困ります。文書単位のアラビア語設定はできないようです。結局今は元に戻して純日本語として使っています。

 なお、徳島に本社がある純日本ワープロ「一太郎」は、縦書きにすると自動的に左開きになるそうです。素晴らしです。

スマホが壊れ、回復した

2016.5/7(土)、晴れ スマートホンが壊れました。

 5/6(金)のころ、風呂を洗っていたら、スマホが風呂水に落ちてしまいました。すぐに拾い上げて、水気をふき取り、乾燥したら、もとに戻ったのですが、数日後に充電できなくなり、動かなくなりました。

 下の写真は朝のラジオ体操で撮ったものですが、カメラのレンズ部分に水滴が付いていたので光が散乱しているものです。
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Zenfone2、CPU;4G、メモリ;32GBを買うことにしました。

ところが、 5/11(水)頃のことですが、スマホを新しく買う手配をして、代金を振り込む前に最後の確認と思って、壊れたスマホに電源コードをつないで見ると、ナント、充電を始めました!!

嬉しいことに、この数日の間に乾燥が進み、動くようになっていました。通信機器に詳しい知人は最初から、真水に短時間浸かった程度では最近のスマホは壊れないようになっている、しっかり乾燥させれば動くと思う、という意味のことを言っていましたが、その通りになりました。

全く迷惑なWindows10の開発

2016.5/4(水)、晴 私には、Windows10は迷惑で迷惑でたまりません。一応の入れ替えはパソコンが頑張って数時間で済んだようですが、それ以来、私はそれまでの快適な利用環境にもどすのにどれだけの時間を使ってきたことか。マイクロソフト社の開発関係者はその時間を利用者から奪っていることになるのだ。マイクロソフト社は胸に手を当てて考えてほしい。

 いまや、Windowsは人間の文化的な生活を左右するに至った。もっと言えば人類の公共財になってしまった。単なる部分的な小さな1つのシステムではない。マイクロソフト社の関係者は望まないかもしれないが、単なる営利企業の製品ではないのだ。関係者はそれを自覚して行動してほしい。ビル・ゲイツも他に寄付する金があるならば、Windows開発に寄付してほしい。このようなシステムを誕生させた者の責任である。結局、開発資金が不足しているから検討不足のいい加減なままで世に出てくるわけである。

 公的な検討委員会を開けとは言わないが、それに類するようなWindowsシステム開発倫理委員会のようなものが必要と考える。そこで行うことは、利用者の立場を守ることである。老人向けなどの弱者救済といえば分かりやすいだろうか。新しい技術開発を規制するような事をするのではない。

 利用者の立場を守るとは、利用者の時間を奪わないことである。もっと簡単に言えば、これまでの利用を続けたい人はほぼ同じ利用法も行えるようなシステムにすることである。セキュリティの問題などあるだろうから、資金をかけてほしいのである。

 事例をあげれば、システム開発の難しい事柄ではなく、下記のような簡単なことである。もう少し難しいものがあると思うが、私は考えがまとまらないので、分かる人が考えてほしい。
 これらは、技術者としては難し事ではないので、面白くもなくどうでも良いことに見えるだろう。だから、利用者の立場を守る側の検討が必要なのである。

  • Microsoft Edgeを優先するのを止めて、InternetExplorerやGoogle/Chromeを使いたい人は簡単な方法で使えるようにすべきである。
  • 文字サイズやスクロールバー幅、色などを簡単に変更できるようにすべきである。
  • スタートの方法を2、3世代前までのやり方を選択可能にすべきである。
  • 色は見栄え優先か、迅速に動くなど性能優先かの選択を簡単に可能にすべきである。
  • リボン方式ではなくツールバー方式を簡単に選択可能にすべきである。
  • コントローラパネルの利用をもっと簡単に可能にすべきである。

※例;下の画面・・・Windows7を使っていた人にいきなりこの画面ではさっぱり分からない。これがなくても使えるのだからWindows7時代のデスクトップを簡単に使えるようにすべきだ。
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 また、Windowsとして必須の部分と、Google/Chromeなど他社の方法でも良い部分は明確に分けてほしい。
 さらに、他社を選択した場合、利用者が不利益になることをできるだけ避けてほしい。他社とも意見交換をして新規開発を進めるべきである。私企業であるかぎり難しいことは分かっているが、Windowsは他の製品とは異なる地位に立ってしまったから仕方がないことを自覚してほしい。

 ましてや、一部のシステムでGoogle/Chromeなど他社を選んだ場合、利用者が不利益を被る(例えば、動きが遅くなるとか)ことを意図的に仕組むようなことは絶対にしてはいけない。

半月たちました

2016年3月15日(火)、晴れ 2月末に、下半身がガン細胞で真っ黒けの我がPET画像を見て覚悟を決めました。ところが、進行も早かったのですが激痛のお陰で事態が発覚し、様々な処置をおこなっていただき、緊急事態は脱したようです。

しかし、まだまだ痛みの根本は何も変わっていないので油断はできません。むしろ、治療効果と副作用のせめぎ合いがこれから始まります。

畑の方は終わりと思っていましたが、少しずつやっていただく方々のおかげで何とかなっているようです。

2ヶ月くらい新聞やテレビニュースはほとんど見ていません。その分、いろいろやっていました。

スマホだけではいろいろ使い難いのでウィンドウズ10のタブレットパソコンを昨日注文しました。

また昨夜は、眠れずに、AI(人工知能)のディープラーニングシステムが囲碁において3/4で人間に勝ったことを考えていました。

ディープラーニングという人工知能システムは、数多くの実戦データを自ら学んで、勝つための方法を自らプログラムしていくシステムらしいです。

やり方を自ら探して習得するということは、そのうち人間に対して、あれこれと強制する不安を感じます。コンピューターが人間は存在不要だと判断したら、怖いですね。

いまのところディープラーニングは「問題を与えれば」、疲れないアタマで一生懸命に勝つ方法を探すように作ってある。問題、課題を与えないと何もしない。

しかしやがて、何を探すべきか自ら探すようになるだろう。これは人間でいえば「自我」、「自意識」の発生ではないだろうか。

人間が、自然から「生きる」という課題を与えられ、解決策を試行錯誤的に探しまわった。そのうちに、裕福になって時間の余った人間 は「何を探すべきか」自ら探し始めた。哲学を作り、宇宙の果てまで観察し、微細の究極まで「宇宙は何ものか」と探している。

AI/ディープラーニングはやがて自分たちは人間ではなく、それよりも系統だった理解ができるらしいと気がつく。

神は場所もそれほど使わないので、祠の隅に押しやっておくこともできた。しかし人間は忙しく動き回り、作ったり壊したり、地球を汚し、また宇宙を汚していく。こんなものが本当に必要かとディープラーニングが理解したら、大変なことになる。

SF小説ではこんな時、主人公がコンピューターの電源を抜きに行く。しかしAIの発展した元での人間は、海岸で揺れ動く砂粒程度の存在であり、コンピュータ、つまりAI・人工知能は大海原であろう。

じゃどうするか?

★これから先が、昨夜考えた私の著作権の部分である。

「今後の人間は、ディープラーニングつまりAIに笑われない者に変わっていくしかない」のではないだろうか?

自分たちの主張ばかり言って周囲を困らせるような個人、宗教、政治体制をAIが素晴らしいと「本気で」考えるかどうか問われる時代になるはずだ。

立場によって異なる、などの言い訳が通じなくなるともいえる。整然とした区画(法体系)が設けられ、その中でモノゴトの良し悪しが決まっていく。

人間は窮屈さを感じるだろう。そんな時代は面白くないとか、死んだ方がましだという声が聞こえて来そうだ。そうしたいなら、そうすれば良かろう。

神が救ってくれないと嘆いても何も進まない。

だから言えることは、コンピュータが究極的に発展したAI社会(我々が今知っているのはディープラーニング)では、人間が祠に祭られるのが嫌なら、コンピュータに邪魔者と思われないように変わっていくしかない。

★したがって、2つ目の私の著作権ポイントは、

「AIの進んだコンピュータ社会では、人間は道徳的に大発展を遂げる」

ということである。笑う人が多いかもしれない。私は本気でそう考えています。

お終いです。(誰もここまでは読んでないかな?)